敬老の日、湯浅さん来る

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湯浅誠さん 今日は敬老の日、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」この日、大分市で湯浅誠さんの講演が行われるとのことで、地区の敬老会でお祝いを述べた後、行ってきました。

 講演会は反貧困ネットワーク大分の主催。アイネス2階大会議室は145名の参加者でいっぱいになりました。
 私が一番興味を持って聞いたのは、家族に隠れた貧困のお話。
 派遣村に集まった人も、9割〜9.5割は実家があり、いわゆる「帰れる場所があって良かったね」の人たちだが、では帰った先の家族の状態はどうか。
 派遣村に集まった人の7割が40歳以上とのこと。40歳以上の子どもを持つ両親はたいがい年金生活の年齢である。仕事が見つからず、あるいは鬱的になり一日家にいる子ども(と言っても大人)、年金生活で一日家にいる両親。この状態、これはお互いにストレスがたまる、一触即発の状態である。
会場は参加者でいっぱい また、この家族の収入はどれほどだろう。子どもが働けない間は両親の年金収入だけである(国民年金の月額平均受給額は4.6万円。OECDの基準によると、家族3人で収入月20万円程度が貧困ラインである)。
 日本のGDPに占める社会保障費の割合は低く(独や仏の1/2程度)、さらにその中の家族関係支出(家族のために使われている社会保障費)だけで見ると、なんと独や仏の1/6〜1/8しかない。
 「公的セーフティーネットが効いていない中で、なぜ家族という私的なセーフティーネットがすべてを抱えねばならないのか。ここにそもそも無理がある。なぜ家族が社会から孤立されられているのかが問われなければならないが、『家族なんだから当たり前でしょ』という日本の伝統的言い方で流されちゃってる…」と湯浅さん。
大分の市民と貧困を語る そして”家族”にガードされたこの状態は、なかなか外から見えにくい。地域・親類縁者間では進んで話されることではないし、見えても「家族なんだから当たり前だろ」で広がらない。そしてこの見えにくい状態は地方都市ほど顕著であると…。

 そしてもう一点興味深かったのは、後半のシンポジウムで登場した農業従事者のお話。
 10年前までは農林業だけで暮らしてきたが、今日の話を聞いて「ずっと貧困だったな」と感じる。子ども3人いるが、良く育ったなと思うほど一次産業の疲弊は本当にひどい。派遣切りがあった時「農業を受け皿に」という話があったが、どこにそんな受け皿がある?一部の法人(それでも最低賃金)はともかく、働くほど赤字になる構造の中で、農家はどんどんやめていってる。
 昔も今も“百姓は生かさず殺さず”なのか。飴とムチだ、補助金が出たり出なかったり、農政もコロコロ変わる。それでも7〜80の方は「先祖代々の農地を守らねば」と続けてきたが、私たち現役世代は残らない。一次産業が持続可能な政治を望む
 農業従事者の方は「今日のテーマとは違ったかもしれないけど」と控えめに話されていましたが、農林業を主要産業としてきた豊後大野市に住む私としては一番興味のあるお話でした。貧困問題を考える時、農業にまでその視野が広がっていることを嬉しく思うし、先の「”家族”に隠れた貧困」とあわせて、私たちがこれから取り組まねばならない課題です。

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